ドラマ・映画で学ぶ韓国語


韓国のドラマや映画には、人生の教訓にしたくなるような素晴らしいセリフや会話が溢れています。

ここでは、韓国のドラマや映画の印象的なセリフや会話を、講師の独断と偏見に基づいて少しずつ紹介していきます。

韓国語の勉強を続けていくと、ドラマや映画のセリフが字幕に頼らなくてもだんだん聞き取れるようになってきます。

そして、セリフが聞き取れるようになると、今度は逆にドラマや映画を観るという行為自体が韓国語の実力をどんどん伸ばしてくれるようになります。

韓国語の本を読んだり、地道に単語を覚えたりする勉強も確かに大事ですが、それと同じくらい、ドラマや映画をたくさん観ることも立派な勉強方法の一つとしてお勧めします。

ここで紹介する韓国語は、私が聴き取れた範囲で(聴き取れなかった部分は推測も加えつつ)書き起こしたものであり、本来のセリフと完全には一致していないかもしれません。

日本語訳は、あえて韓国語のセリフをそのまま直訳していますので、ドラマや映画の字幕とは異なる場合があります。

それでは、ドラマや映画の名セリフを味わいながら、韓国語を学んでいきましょう。


1.재판장님. 건물의 소유주는 물론 건물주입니다.

   하지만 거기서 평생 동안 피땀 흘려 일하면서 영혼을 불어넣고 생명을 불어넣고 평생 동안의 추억을 만드는 건 세입자들입니다.

   裁判長。建物の所有者はもちろん家主です。

   しかし、そこで生涯、血と汗を流して働きながら、魂を吹き込み、命を吹き込み、一生の想い出を作るのは、テナントたちなのです。

 (ドラマ「町の弁護士 チョ・ドゥルホ」より)


2.가고 싶으면 가. 근데, 사랑이었네, 아니었네, 그런 말은 하지말고 그냥 가.

 니가 뭐라고 하든 너와 내가 한 건 사랑이었고, 니가 날 잊든 말든 나 아주 오랫동안 너를 기억할 거야.

 行きたければ行け。でも、愛だったとか、愛じゃなかったとか、そんな言葉は言わずにただ行け。

 君が何と言おうと君と僕が交わしたのは愛であり、君が僕を忘れようが忘れまいが、僕はこれからもずっと君のことを覚えている。

 (ドラマ「おバカちゃん注意報」より)


3.난 학생이니까 학교로 가고 아버지는 선수니까 시합으로 가야지.

 僕は学生だから学校へ行き、お父さんは選手だから試合に行かなきゃね。

 (ドラマ「美しい彼女」より)


4.뭘 해져야 가족이 아니고 그냥 있는 것 자체로 힘이 되는 게 가족이 아니겠습니까.

 何かをしてあげるから家族なのではなく、ただ、いること自体で力になるのが家族ではないですか。

 (ドラマ「町の弁護士チョ・ドゥルホ」より)


5. 계절마다 별자리는 변해.

    하지만 언제나 그 기준점이 되는 건 북극성 하나 뿐이야.

    너나 난 그래도 운이 좋은 거야.

    적어도 우린 북극성 같은 분이 가슴에 붙고 있으니까.

    季節ごとに 星座は変わる。

    でも いつもその基準点になるのは 北極星一つだけだ。

    君や僕は それでも運がいいんだよ。

    少なくとも僕たちは、北極星のような人が胸にいるんだから。

 (映画「私の恋」より)


6. 사랑이란 건 말이야 아들, 세상 사람들 아무도 못보는 걸 봐주는 거야.

    그래서 그걸 알아봐주는 것 때문에 사는 게 덜 외롭다고 느끼게 해주는 거야.

 愛というのはね、息子よ、世界中の誰も気づかないことを見つけてあげることなんだよ。

 それで、それを見つけてあげることによって、生きることの寂しさを減らしてくれるものなんだよ。

 (ドラマ「おバカちゃん注意報」より)


7. 저는 누구보다 제 동생 말을 먼저 믿습니다.

 私は誰よりも、弟の言葉をまず信じます。

 (ドラマ「おバカちゃん注意報」より)


8. 정략적 결혼이 싫으면 전략적 결혼은 어때?

    政略結婚が嫌なら、戦略的結婚はどう?

    (ドラマ「甘い秘密」より)

 このセリフが印象に残った理由は、その発音にあります。

 発音をあえてカタカナで表記すると、次のような感じになります。

 チョンニャクチョク キョロニ シルミョン チョルリャクチョク キョロヌン オッテ?

 この、「チョンニャクチョク」と「チョルリャクチョク」の発音の違いは私たち日本人はとても難しく感じられ、レッスンでも説明するのに苦労しています。

 パッチムの発音をおろそかにすると、会話が成り立たないこともあることを教えてくれる、良い例だと思います。


9. 이렇게 잘 커가는 아이들을 보면서 그런 생각이 들었어요.

   "우리가 싸워야 하는 건 세상을 바꾸기 위해서가 아니라

    세상이 우리를 바꾸지 못하게 하기 위해서" 라고.

    成長する子供たちを見ながら、こんなふうに思いました。

「わたしたちが闘わなければならないのは、世界を変えるためではなく

 世界がわたしたちを変えられなくするため」だと。

 (映画「トガニ 幼き瞳の告発」より)